デジタルタトゥーと忘れられる権利
デジタルタトゥーとは
デジタルタトゥーとは一般的に、インターネット上に公開された書き込みや個人情報の記載をいいます。
一度彫ると消えないタトゥーに例えた比喩表現ですが、そもそも本人にとってネガティブでしかないこの問題を、文化的側面など多面性があるタトゥーに例えるのは適切でない気もしますが・・。
具体的にはインターネット上にアップされた前科前歴、いじめやストーカーによる書き込み、盗撮画像、アダルトビデオ出演動画など様々なものを指します。
法律事務所へも多くの方がご相談に見えます。
デジタルタトゥーが消せない理由
「デジタルタトゥーは一生消えない」という意味には二つの意味があると思います。
それは
①法的な削除手続きは可能だけれども、誰かが一度保存したデータを削除した次からアップしていくのでキリがない
②そもそも法的に削除が出来ない
のどちらかの意味合いかと思います。
ストーカーやいじめの名誉毀損的な書き込み、盗撮画像等は、法的な削除が可能でしょうから①に当たります。
社会的に関心のある犯罪に関する前科前歴情報は②に当たります。
忘れられる権利
裁判所で争われた「忘れられる権利」
東京高等裁判所平成28年7月12日決定は、しばしば「忘れられる権利」を否定したと言われますが、プライバシー権侵害の問題として判断できるので明文にない「忘れられる権利」として捉える必要はないと言っているだけで、そのような利益は人間にない、全くおかしいと言っているわけではありません。
*ただ、従来のプライバシー権侵害の判断枠組みに落とされたことで、「忘れて欲しい」という願い、利益より「公共の関心」の方が優先されてしまっています。代理人もそれがあるからそういった権利として主張したのかもしれません。
東京高等裁判所平成28年7月12日決定
<相手方の主張>
「忘れられる権利」
「人の噂も75日」という言葉にあるように、人が何らかのミスをしても、一定期間を経過すれば他者の記憶から消失し、そのことにより社会生活を円滑に営むことができる。
しかし、インターネットにおいては、人の氏名等で検索をすれば、その者に関する古い情報も新しい情報も同様に表示されるのであり、これでは社会生活を円滑に営むことは到底期待できず、相当でない。
これが、「忘れられる権利」の基本思想であり、それは人格的生存に必要不可欠な権利(憲法13条)と把握され、名誉権やプライバシー権と並び、人格権の一内容として理解できる。
~中略
そこで、相手方は、当審において、本件の被保全権利を、「忘れられる権利」結果を削除し、又は非表示とする措置)を講じることを求めることができると主張しているものである。そうすると、その要件及び効果について、現代的な状況も踏まえた検討が必要になるとしても、その実体は、人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求権と異ならないというべきである。
相手方も、「忘れられる権利」の成否の判断として、時間の経過のみならず、当事者の身分や社会的地位、公表に係る事項の性質等を総合考慮して決すべき旨主張しており、これは、人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求権の要件の判断と実質的に同じものである。
よって、人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求の存否とは別に、「忘れられる権利」を一内容とする人格権に基づく妨害排除請求権として差止請求権の存否について独立して判断する必要はない。
最高裁判所平成29年1月31日決定も以下のとおり述べています。
相手方が主張する「忘れられる権利」は、そもそも我が国において法律上の明文の根拠がなく、その要件及び効果が明らかではない。これを相手方の主張に即して検討すると、相手方は、インターネット及びそれにおいて抗告人が提供するような利便性の高い検索サービスが普及する以前は、人の社会的評価を低下させる事項あるいは他人に知られると不都合があると評価されるような私的な事項について、一旦それらが世間に広く知られても、時の経過により忘れ去られ、後にその具体的な内容を調べることも困難となることにより、社会生活を安んじて円滑に営むことができたという社会的事実があったことを考慮すると、現代においても、人の名誉又はプライバシーに関する事項が世間に広く知られ、又は他者が容易に調べることができる状態が永続することにより生じる社会生活上の不利益を防止ないし消滅させるため、当該事項を事実上知られないようにする措置(本件に即していえば、本件検索
検索事業者が、ある者に関する条件による検索の求めに応じ、その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは、当該事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。
デジタルタトゥーは非常に難しい問題
①法的な削除手続きは可能だけれども、誰かが一度保存したデータを削除した次からアップしていくのでキリがない
という場合にもっと簡単に消したり、アップする者の身元の特定や責任追及が容易に出来るようにして欲しいというのはもちろんですし、これが必要なことに争いはないと思いますが、
②そもそも法的に削除が出来ない
これについても一度立ち止まって考える必要があります。
今の最高裁の基準は「比較衡量論」というもので、「比較衡量論」は「ブラックボックス」と言われています。
一見するとそれらしいことを述べているようで何でそうなったのかよく分からない「総合的な判断」です。
裁判を行う裁判官によってこの総合的な判断は大きく変わります。
ご紹介した判例は児童買春というかなり重い罪で社会的な関心も高い事案でしたので、結論を支持する裁判官は多いと思いますが(それでも地裁と高裁、最高裁は割れた)、もっと軽い犯罪行為だったら・・。
重い犯罪でも著しく汲むべき事情があったら(例えば正当防衛とまではいえないが正当防衛に近い状況にあった場合など)・・。
類似の判例があれば消せるのか消せないのかある程度分かりますが、ない場合は、やってみるまで分からないというのが正直なところですし、微妙な事案ですと裁判官によって判断も分かれかねません。
一回、一回、数十万円の弁護士費用をかけて何年も戦う・・。
この「法的に削除が出来ない」範囲についても安易に「自業自得」等で切り捨てず、よく考えてみる必要がありそうです。
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